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ウェブ人間論 前半 読感

示唆に富んだ良い本である。だが。。。

全ては梅田氏の「おわりに」にある。

この「おわりに」を先に読まないと前半の不快感、違和感を耐えて読み進めるのは辛い。

Wait for feeding...

「話をしていくうちに、二人の間にあるさまざまな違いも面白いように浮き彫りになっていった」(「おわりに」から)

ウェブ人間の代表と平均的日本人ネットユーザー。

「そういうわかりやすい違いよりももっと深いところでの人生観のようなものが、ウェブ進化を語ることで現れてきたのがとても興味深かった」(同)

平野氏は難しい言い回しを多用し、梅田氏は単純明快に答える。
あまりにも浮き彫りになり過ぎて、不快感が襲ってくる。

平野氏はよほど「2ちゃんねる」とかで過去に嫌な体験を積まれたか、リアルな世界でイジメにあったのか。
「第二章 匿名社会のサバイバル術」では、さらに人生観の違いが浮き彫りに。。。

「社会変化とは否応もなく巨大であるゆえ、変化は不可避との前提で、個はいかにサバイバルすべきか」(同)

リアル社会とウェブ社会のイジメの違いなのか。

「私(梅田氏)はむしろ『社会をどうこうとか考える前に、個がしたたかに生きのびられなければ何も始まらないではないか』を最優先に考える」(同)
そのために、氏が言う、

情報量が膨大になると、個々の情報はゼロに近づく。
情報が認知されないと、それは無いのと同じ。
情報は絶えず流れていて、すぐに過ぎ去って行く。
ネット全体の(善の)意識が情報を自然淘汰させる。

と、おおらかにしたたかにネットを考えるべきだと。

しかし、平野氏は納得出来ないようだ。

「平野さんは『社会がよりよき方向に向かうために、個は何ができるか、何をすべきか』と思考する人である」(同)

リアル社会にしろウェブ社会にしろ、イジメは存在しているのだから。

梅田氏のように無視?出来る強い人はいいが、
どうしても気になる生真面目な人はどうしたらいいのか。。。

「こうしたお互いの違いを発見しながら、少しずつ相手を理解していく過程が現れている。」(同)

後半が楽しみだ。

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Comments

梅田氏の『社会をどうこうとか考える前に、個がしたたかに生き延びなければ何も始まらないではないか』に共感。個がしたたかに生き延びるために発生させる種々雑多な独り言も含めた情報、企業や組織が意図的に発信する情報、これらすべてが世界レベルで民主的な取捨選択を経て自然淘汰される。そういった人間本来が持っていると思われる流れがイデオロギーに左右されない形で現れているのが今のネット社会ではないのかと。

平野氏の言う、『社会がよりよき方向に。。。何をすべきか』を考え出すと、それはイデオロギーを産むのではないか。共産主義も資本主義も「人の社会はこうあるべき」というイデオロギーであり、競争するという、やや人間臭さの残った資本主義が現在のリアル社会での主流ではあるが、多くの矛盾点をもって進行している。『よりよき方向』は定義する人の価値観によって左にも右にもおおきく幅があるはずだ。

Googleのアプローチはネット上に世界レベルでの民主主義を到来させる可能性がある。このことは、資本主義の後に本来の共産主義の時代が来ると言ったマルクス主義の歴史観を想起させ、革命をもってした共産主義が終わったあとの資本主義の暴走、そしてそのあとの共産的民主主義とでも言うべき時代の幕開けなのか。。??と、資本主義社会で企業経営をしている立場からは若干の不安がともなうわけである。ともあれ、どこかの誰かが「こうあるべき」というイデオロギーを提示するのではなく、自然と英知があつまりルールができていくといったアプローチは人間の有機物としての可能性の高さを再認識するに充分な動きではないかと感じている。実はそのためにインターネットというインフラを一生懸命整備している、そんな段階なのかもしれません。

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